デス・オーバチュア
第71話「名も無き機械仕掛けのメイド」



七種七色。
オーバライン(白堊)、オーニックス(漆黒)、スカーレット(深紅)、アズライン(紺碧)、バーデュア(翠緑)、アンベル(琥珀)、そして……。

七つの国のために七つの水晶があるのではない。
七つの水晶のために七つの国があるのだ。
七つの水晶を設置するための『場』、六芒星の六つの頂点と一つの中央点……七国の存在意義などただそれだけに過ぎない。
そもそも中央大陸自体が結界の六芒星を描くための巨大なキャンパスに過ぎないのだ。
地上……人間の世界を魔の世界から切り離す……全てはそのためだけに……。



「気がつきましたか?」
目覚めて最初に見たのは黒衣の魔導師。
機械国家パープルを襲い、私と魔導機を破壊した男だ。
「……私は?」
記憶……記録された情報を整理しつつ、各部の動作テストを行う。
破損、破壊されはずの部分が存在し、正常に作動していた。
「半永久型とはいえ、千年もノーメンテでは流石にかなり疲弊している部品も多かったですよ。もっとも、私の与えたダメージに比べれば微々たるものでしたがね」
男は意地悪く笑う。
「……あなたが私を直されたのですか?」
自分で破壊しておきながら……直す?……理解不能な行動だった。
「決まっているじゃないですか。この時代にあなたのような魔導時代のデザインの機械人形を直せる者など他にいますか? パープルで現在作られている玩具のような人形とあなたは違います」
確かに男の言うとおり、私は他の機械人形達とは一線をなす。
今の時代の機械人形は本当にただの『機械』でしかないのだ。
ソフトもハードも低レベル。
ソフト面で言えば、与えられた命令……例えば『ここを守れ』『あれを破壊しろ』などといった単一で簡略な命令を実行することしかできず。
自らの判断で行動することもできない、ただの人形だ。
ハードの上でも、見た目や触っても機械人形か、人間かの判断の難しい私と違って、一目で機械人形と解る外見や材質で作られている。
彼等は人の形をした機械でしかなく、機械でできた『人』である自分とは根本的に違うのだ。
「とはいえ、いくら私でも今の時代では、手に入らぬ材料や器具も多い……完全に元通りにはいきませんでした。いくつかこの時代の技術や異なる材料で代用しましたが……問題ありませんか?」
「……無問題です」
それどころかかなり調子が良い。
製作された直後の状態とまでは流石にいかないが、ここ最近に比べれば信じられない程体がスムーズに動いた。
「半永久型……メンテナンス入らずの完全密閉型とはいえ、やはりたまにはメンテ(整備)した方が気持ちがいいものでしょう?」
「……整備というより、修理……作り直しだと思いますが……あそこまで破壊された状態からですし……」
「フフフッ、破壊したことへの恨み言はやめてくださいね。こうして修理してあげたんですから……寧ろ、前より調子の良い体に作り替えてあげたのですから感謝して欲しいぐらいですよ」
「…………」
なんて恩着せがましい男だろう。
「あと、なぜ修理したのかという質問も却下します。別にたいした理由なんてないですからね。あなたがあまりにレアな機体だったのでちょっと弄ってみたかっただけですから」
「……そうですか……」
要するに、私はこの男の気まぐれで蘇ったということか。
周囲を見回してみた。
広いけど、狭く感じる室内。
機械、機械ばかり、用途不明な機械で埋め尽くされた広い倉庫だ。
おそらくこの男の研究室なり、実験室なのだろう。
「で、これからどうしますか? パープルに戻って今まで通り結界と国の守護や管理を続けたいというなら、送ってあげますが?」
「……結界の守護と管理……」
水晶柱の無い結界に守護など必要ない……それに国の管理などこれまでもマザーコンピューターがオートで行ってきたのだ……これからも自分など居なくても何の問題もなく管理運営にされていくに違いなかった。
「……もはや、意味のないことです。もっとも、あなた方が水晶柱を返してくれるのでしたら話は別ですが……」
「ならば、好きに生きますか?」
「好きに……生きる?」
思ってもみなかった……いや、思わないように、考えないようにしていたのかもしれない。
結界の水晶柱の守護という使命……自分の存在理由がなくなったらどうするのか?……ということをだ。
「まさか、こんなことになるとは……水晶柱を奪われるなどということが起きるよりも……私の機能停止の方が先だと思っていましたので……」
永遠などない。
永久型、半永久型などと呼ばれる自分も、普通の機械人形と違って、こまめなメンテを必要とせず、エネルギーの補給も必要としないということでしかなかった。
時が流れ続ければ、部品が疲弊、摩耗し……いずれは風化すらするだろう。
生物よりは長い時を超えられるとはいえ、機械もまた永遠の命というわけではないのだ。
「ふむ……することがありませんか? 存在理由、生き甲斐……そうですね、確かあなたはメイド……奉仕型でしたね、一応基本ベースは」
「はい、結界守護目的で開発された特注品ではありますが、基本は奉仕型です」
「では、ここで働いてみますか?」
「……はあ?」
「メイドの真似事でもしてみませんかと言ったんですよ」
「…………」
この男の発言は突飛であり、ふざけている。
だが……。
「……いいでしょう。その提案お受けします」
私はこの男の提案に応じることにした。



私が仕えることになった主人の名はケテル・メタトロン様。
傲岸不遜の見本のような、ある意味素直で解りやすい堕天使だった。
彼の傲岸不遜さはそれ程嫌ではない。
寧ろ、慇懃無礼の見本のようなあの黒の魔導師に比べれば好感が持てた。
傲岸不遜といっても、彼は無闇に他人を蔑んだりはしない。
ただ他人を相手にしない、他人に興味すら持たないだけだ。
「貴様、名前は無いのか?」
部屋の掃除をしていた私にケテル様が声をかけてくる。
ケテル様の方から自分に声をかけてくるのは初めてのことだった。
「はい……なぜか、名前に関するデータは欠落しています。確か……おそらく……紫を意味する名前だったと思うのですが……」
「確か? おそらく? ふん、機械らしくないセリフだな」
ソファーに座ってくつろいでいたケテル様は微かに口元を歪める。
冷淡な、だけどとても美しい微笑だった。
「紫……ムラサキか……パープル、ヴァイオレット……それに、紫苑か」
「あ……」
「どうした?」
「いえ、今のケテル様のお言葉に感じるものが……」
ケテル様の言葉の中に自分の名を示す言葉があったような気がする。
「……何にしろ、名が無いというのは不便だな。適当な名をくれてやろう」
「はい、そうして頂けると助かります」
「では、今日から紫夜(しや)と名乗れ」
「紫夜……紫の夜……」
それは自分の本当の名ではない気がしたが、とても落ち着く気分にさせる名だった。
「……はい、有り難うございます、ケテル様」
「ふん……」
深々と頭を下げて感謝の意を示す私に、ケテル様は面白く無さそうに鼻を鳴らす。
もしかして、照れていらっしゃるのだろうか?
意外と可愛い方だ……などと失礼にも思ってしまった。
「…………」
今、自分がこの傲慢不遜な主人に対して抱いている不確かな感情はなんだろう?
……よく解らない。
「……どうした? いつまでひとの顔を黙って眺めている? 用がないなら視界から消えろ、目障りだ」
「……はい、失礼しました、ケテル様」
けれど、一つだけなぜかはっきりと解っていることがあった。
自分はきっと物凄く悪趣味なのだと……。



「……馬鹿な、マルクトが敗れただと!?」
瞑想をされていたケテル様が突然立ち上がられると、声を上げた。
ケテル様とその妹御であるマルクト様は遠く離れていても、お互いを感じられたり、会話を行うことができるらしい。
双子の共感能力とでもいうものだろうか……それとは少し違うが、自分にも同型機達と人間で言うところの念話のような遠距離通信機能があった。
「……っ!」
ケテル様は黒衣を翻すと、部屋の入り口へと向かう。
「おやおや、どちらへ行かれるのですか?」
入り口を塞ぐように、黒の魔導師……コクマ・ラツィエルが姿を現した。
「知れたことっ! 身の程知らずの塵共を我が手で一人残らず葬ってくれる!」
「少しは冷静になられたらいかがですか? マルクトさんはあくまで敗れただけで、殺されてはいないのですから……」
「そんなことは誰よりも私が一番解っている! いいからそこをどけっ! これは我ら兄妹の誇りの問題だ!」
「誇り? 堕天使風情が何を……」
「何だと、貴様っ!」
ケテル様の放つ殺気をコクマは涼しい表情で受け流している。
「さて……」
コクマがケテル様ごしに自分に視線を向けた。
その視線が何を意味するのか私には解っている。
私は、ケテル様の前に進み出でると、跪いた。
「ケテル様が出るまでもありません。ここは私にお任せください」
「貴様がだと……」
ケテル様はコクマに向けていた殺気のこもった眼差しをそのまま私に向ける。
私が機械人形ではなく、ただの人間だったら、その眼差しの殺気だけで命を落としていたに違いなかった。
「魔導師、あなたは私にアレで戦わせたいのでしょう?」
私は跪いたままコクマに視線を向ける。
この男を様と呼んだり、敬意を払う気はなかった。
別にたいした理由があるわけではない。
ただ私はこの男だけはなぜか好きになれない……つまり『嫌い』なのだ。
なんとなく……。
「ええ、せっかく直したのですから、あなたにテストしてもらいたいのですよ」
「……丁度良い機会というわけですか、あなたにとっては今回のことも……」
「まあ、そんなところです」
コクマは意地の悪い笑みを浮かべながら肯定した。
「……ふん、まあいい。気がそがれた……好きにするがいい。だが、紫夜が倒されたら、次は私が出る……いいな、コクマ」
「ええ、勿論ですよ」
「ふん……」
不愉快そうな表情でケテル様は部屋の中へと戻っていく。
「相変わらずですね、ケテルさんは……あなたも大変でしょう、ケテルさんのお世話は?」
「いいえ、私はケテル様のメイドになれて良かったと心から思っています」
「おや? それそれは……悪趣味ですね、あなたも」
「あなた程ではありません。では、失礼します」
私は己が主人がこの男ではなくケテル様であることを神に感謝すると、侵入者撃退に赴くことにした。
この男の思惑を叶えるためにではない。
敬愛するケテル様のためにだ。
ああ、私はなんて悪趣味なのだろう。
あんな傲岸不遜でシスコンな堕天使を……自分の国を襲った者の一人を……敬愛してしまうなんて……。
本当に馬鹿げた話だ。






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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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